まろやか&ダークネス編


-奈落の底の鎮魂記-
第一章〜愛ゆる話〜
第六話・捕らわれし者C

「…8月3日、第一容疑者である恋人宅を監視していた捜査官が、行方不明者と思われる人物を、一階窓辺で確認。写真を照合した結果、行方不明者と合致。同日11時20分、逮捕状が裁判所よりおりる。翌8月4日0時30分、130名の警官及び、特殊急襲隊による一斉突入が開始。行方不明者を確保。容疑者を拘束…」
「………」
「…皮肉なこととは続くものです。私が抵抗を止めて彼と一緒になろうと決断した事により、彼の部屋を監視していた捜査官の目にふれ、私は救出されたのですから。」
「………」
「…私は体を毛布で包まれ、女性警官の方に抱きしめられて、先導受けながら安堵の笑みを浮かべました。」
「…解放された喜びから?」
「…ええ、解放されたことにより、彼を手に入れる機会を得ることができるのですから。」
「…う、うう。また、あの笑みだよぉ。」
「あの状況でも、彼の心を向かせることは出来ましたが、やはり、完全な上位関係では…彼の中にある…私以外の想いを消すのは難題でした。」
「………」
「ですが、今度は、私が被害者という絶対的な立場となり、様々な要求が加害者に可能となりました。これを利用しない手はありません。」
「…利用って。」
「私は帰宅すると、涙で溢れる父と母に抱きしめながら、彼に対して復讐したいムネを告げました。もちろん、父母も異論はありません。ですが、私の計画を聞くと一気に顔色を変えて説得を始めました。」
「…計画?」
「…彼の人脈を破壊し孤立させる、全財産を奪い抵抗力を失わせる。最終的には彼を丸裸にする案ですが、これは取り立てて反対はされませんでした。ですが、私が最も望んだ復讐…」
「…ほ、本当に何もかも奪うつもりだったんだ。」
「…つもり、では無く。したんです…まあ、これはともかくとして、私が最も望んだ復讐…彼を私の伴侶にして生涯尽くさせるは、早くから抵抗されましたね。」
「…それは…親にしてみたら、納得できないやね。」
「…ええ、正気を疑われました。実際、自分でもマトモでないことは理解していますが、これだけは妥協できません。この時…操さんも、お腹の中にいましたしね。」
「へへ…僕もいたんだよね。」
「…あ、アンタ、いたんだ。」
「ずっと横にいたけど?ママの話を、いっぱい、いっぱいで聞いているマリンさんを、じ〜と観察してたのさ。」
「…うう、嫌な人。」
「ちなみに、この時、僕を堕胎する話もあったんだよね。この話をすると、おじいちゃんから確実にお小遣いを貰えるから重宝するよ。」
「…平和な奴。」
「そうしているうちに、父は私の為に、心理カンセラーを何人も呼んできましたが、私は診察を断固拒否しました。彼に責任をとってもらわないと、私の立つ瀬もありません。」
「…立つ瀬?」
「愚かな男に騙された女、犯罪者に暴行をうけた被害者、心にキズをおって精神を病んでしまった人間、愛されていると思ったら誰かの身代わりでしかなかった哀れな存在…そんなものに私はなりたくなかったんです。」
「………」
「一見すると、物凄い深そうなこと言っているけど、ようするに事件じゃなくて、「恋人同士の痴話ゲンカ」にしちゃえ!ってことだよね。」
「…(ガク…あ、あんたねぇ…」
「…操さん。」
「あはは。ゴメンねママ。僕流に解釈しちゃうと、すっごく軽くなっちゃうよね。もう言わないよ!」
「…い、いや…その方がいいかも。」
「…マリンさん。最後まで「私の話」を聞いてくださいね。」
「…は…はい。」
「…最終的に、彼の弁護人の方を味方につけて、私は母と友人の力を借りて、父をねじ伏せました。」
「弁護人?」
「彼の身内で弁護士をやっていらした方です。後見人でもあったようですが、一年に何回も顔を合わせるほどもないぐらい、関係は希薄になっていたとおっしゃられていました。」
「親代わり…か。」
「とても良い方で、私が、「私は彼を恨んではいません。私の伴侶として生涯をつくして罪を償って欲しのです」と語ると、涙ながらに協力を約束してくれました。」
「…う〜ん。」
「実際、弁護人のかたの協力がないと財産を奪うのも、彼を拘束するのも難しかったので大変助かりました。」
「…きょ、協力って。」
「民事訴訟で、彼に支払不能の請求を行い、財産を差し押さえる…口で言うのは簡単なのですが、相手に手馴れた弁護士の方がいると、そういうわけにもいきません。ですが、後見人でもある弁護人の方の協力があればスムーズにことは運びます。」
「…そ、そんなこと言っても、財産差押えでしょう?協力なんてしてもらえるの。」
「通常は無理でしょうが私の場合は特別ですよ。彼の刑事告発を取り下げ、さらに彼と私が結婚する。その前提があるから可能なんです。もちろん、これは弁護人の方と私の共通した目的でもありました。」
「…ううん。でも全財産でしょ一文無しになるってことだし。」
「よく考えて下さい。私と彼が結婚するのですから、彼の生活にはさほど影響がないでしょ?彼が私と別れたいと言わない限りは。」
「…あ、そうか。でも結婚したら共同財産になるんだから意味は無いんじゃ。」
「よく知っていますね。でも結婚前に所有していたものは別だというのも覚えておいた方が良いですよ。これは個人財産となりますから。」
「…う、う〜ん。法律は難しいよ。」
「人脈つぶしは簡単でした。「拉致監禁事件の犯人の情報を提供して欲しい」と連絡すれば、大方の人は、彼との関係を止めました。」
「………」
「弁護人の方など、ごく一部の人達はつきあいを止めることは無いでしょうが、その方達も一時的にも関係を止めようとしたので、彼の人脈や交友関係は基本的に一掃できたと言えるでしょう。」
「………」
「さらに付け加えれば、大学は彼に対して退学処分を下しました。これは私達が圧力をかけたわけでも無いのですが、特に反対する必要もないので、このままほおっておくことにしました。さらなる孤独感を彼に味合わせることができましたしね。」
「………」
「…こうして彼は何もかも失いました。私は沸き起こる喜びを抑えきれずに、彼に合いにいきました。」
「………」
「拘置所でいたせいか、彼は少しやつれた感じでした。私の姿をみると節目がちに面会所の椅子に座りました。私が一通り、今の生活状況を聞くと、かれはポツリポツリと答え、現在の状況が好ましい状態には無いことを告げました。」
「………」
「私はますます嬉しくなって、彼がいかに孤独であるかを説きました。そして、彼の持っていたものが全て失われているという現実を突きつけて、彼に一片の希望も無い様な印象を植え付けました。」
「…なんか…声が弾んでるね。」
「…ええ。あの時はとても楽しかったです。彼が絶望に打ちひしがれて、自分の殻に閉じこもっていくのが手に取るように分かり…私だけのものになっていくのを感じましたから。」
「そして最後に…」
「救いの手を差し伸べる!…ふふ。あの時の唖然とした彼の顔は忘れられません。「でも、安心して下さい。私がいますから。」その言葉を聞いた彼は、目を見開いて大粒の涙をこぼしたんです。」
「…よく、やるよ。」
「お褒めの言葉、恐縮です。でも、やったかいは十二分にありました。私が、彼になぐさめの言葉と、いたわりの言葉をかけているうちに、彼の血色は良くなり、私に対する視線が熱くなっているのを感じましたから。」
「………」
「最後に「夫婦二人で一緒にやりなおしましょう」と言った時の彼の顔は…死んでも忘れないでしょうね。「ここに女神様がいる」なんて、馬鹿なことを言って…鼻水と涙で顔をくしゃくしゃにしていましたから。」
「………」
「全てが順調にいくかと思ったのですが、意外にも最後まで警察が抵抗を示しました。わりと大掛かりな捜査となり、世間的にも少しばかり有名になったものですから、何とか立件しようと考えたのでしょう。」
「………」
「彼に対して怒りを禁じえない父に狙いを定めて、何とか起訴するように訴えてきました。」
「…狙いを定めて?大きな事件なら司法省の検事あたりが立件するんじゃないの?」
「彼の弁護人を通じて、連邦弁護士共同協会や、政治家から圧力をかけていましたから。被害者が訴えない限り、立件は出来なかったんです。」
「…そこまでやるか。」
「私を探す為に、大変ご苦労をされた事に関しては、感謝してますし、申し訳なく思っていますが。それとこれとは別の話…結局、様々な手段で抗戦し、警察の抵抗を打ち砕きました。」
「………」
「結局、彼の拘留は三ヶ月にも及びました。ですが、この間に色々と準備を整えることができたので、無駄ではなかったとも言えます。」
「………」
「そして彼の拘留が切れた、その日。私はタクシーに乗り彼が出てくるのを待ちました。彼が出てくると、私が一人で迎えに来たことを伝え、彼の家へ…その時は、既に私の名義になっていましたが…と向いました。」

「…既に内装は処分しました。この家には売買できないものしか残っていません。」
「………」
「カラッポの家。まるで今の貴方のよう…」
「………」
「家族、友人、財産、そして未来。全てを失いましたね…」
「………」
「…ここに山積みになっているのが何か分かりますか?」
「…これは…母の服?…いや父の服や…時計も…」
「貴方のお父様と、お母様の遺品です。これだけは残しておこうかと思いましたが、考えてみれは不必要なものでしたね。」
「…何をするつもりだ!?」
「…燃やします。」
「ま、まってくれ…」
「…嘘つき。」
「…なっ」
「貴方は私さえいれば何もいらないと言いました。ところが、ここには私以外の想いが沢山残っています。」
「………」
「…私は、貴方の想いを受取るために、一番大切なものを失いました。」
「………」
「…貴方は違うのですか?私の為に…捨ててはくれないのですか?私のこと、想っては…くれないのですか?」
「…そんなことはない。」
「…では、燃やしても構いませんね?貴方には、もう必要の無いものなのですから。」
「………」
「………」
「…そうだな。私には、もう何も無い。何も必要無い。」
「…違います。」
「…?」
「ここに…私のお腹に…未来がありますよ?」
「…あっ」
「私と貴方の赤ちゃん…大事な大事な私達の子…さぁ…お腹に耳をあてて聞いてください。」
「…ああ。」
トクン…トクン…トクン…
「…聞こえますか?」
「…ああ、聞こえる。聞こえるよ。」
「ここに、私達の全てがあります…だから燃やしましょう…過去のつらい記憶は全て…」
「カミュ、俺は…」
「苦しかったんでしょう?…もういいんです。つらい記憶にすがって、苦しまなくても…貴方の想いを受取る私がいるのですから…」
「………」
「貴方が私の鎖を外してくれたように…私も貴方の鎖を外してあげます…」
ボウッ…
「あっ…」
「………」
「………」
「…燃えています…貴方の過去が…苦しみが…悲しみが…悪夢が…」
「………」
「…泣いているんですか?」
「俺は君に…」
「…何も言わないで。全て無かったことにしましょう…ね?」
「でも…俺は、俺は…」
「貴方には私がいます。私には貴方がいます。そして…お腹には未来があります。それだけで良いでしょ?」
「俺は…俺は…」
「我慢しないで…泣いていいんですよ?貴方の想い…全て受け止めてあげます。私の胸の中で…だから…我慢しないで…」

「…いつしか、燃え盛る炎は家内にも広がり、その内部を…彼の思い出と共に舐め尽しました。私は彼をつれて外へ出ました。彼は炎に飲み込まれる家を見ようともせず…彼は私の胸の中で大きな声で泣き続けました…産まれ立ての赤ちゃんのように…」
「………」
「炎に照らされる彼の頭を優しく撫でながら、私は思いました。ああ…ようやく、この人を手に入れたのだと…」
「………」
「…マリンさん?」
「…オ…オヴェッ」
「うわっ!吐いちゃったよ。」
「…ま、ママさん…狂ってるにもほどが…オヴェッ」
「ありゃ、キャパ(許容量)を越えちゃったか。だから聞かなきゃよかったのに。はいエチケット袋…背中さすってあげるから、こっちを向いて。」
「…う、うう。ありがとう。」
「少し…刺激が強かったのかもしれませんね。」
「まぁ、恋に夢見るお年頃の娘が聞くような話じゃないからねぇ。」
「ハァ…ハァ…あ、あんたはよく平気だね。」
「当たり前です。僕は二人の娘だよ?それに軍事学校へ行けば親がジャンキーとか、刑務所暮らしだとか、戦死しているとか、そもそもストリート・チルドレンで親の顔さえ知らない、なんて人が山ほどいるんだから。」
「…むぅ。」
「その人達に比べたら、両親は健在だし、ラブラブだし、会社経営してるし、ハッピーエンドに入るってもんじゃないですか。」
「…そりゃ、結論だけ見ればそうかもしれないけどさ。」
「マリンさん…私は何も、マリンさんに同情されるために口を開いたわけではありませんよ?」
「…え?」
「私が、この話を通じて貴方に伝えたかったことは…「相手の想いを受入れる」ということです。例え辛いことがあっても、相手が好きならば、それを受入れることを忘れてはいけない…」
「そりゃママさんはスゲエよ!立派だよ!最高だよ!」
「…なにブチギレしてるんですか?」
「んなもん、あたり前やん!誰でもママさんみたいになれるかい!そこまで悪らつにされて、相手を受入れるなんて、聖女じゃなきゃムリだろ!どこまで慈愛に満ちてんだよ!」
「…誰が聖女と?」
「ママさんだよ!確かに特殊だよ!特殊すぎて説教にもなら…」
「違う!」
「…は、はい?」
「私は聖女なんかではありません!私は…私こそ、本当の『悪意』です!」
「…マ、ママさん?」
「私は彼を恨みました!憎みました!本当に…心から信じた私を裏切った彼を、絶対に許さないと、誓いました!何年かけても、何十年かけても、必ず罪を償わせてやろうと…死より辛い罰を与えてやろうと…」
「………」
「でも…違った。彼の心の声を聞いて…本当に裏切ったのは私だと、私であると…だから!だから!」
「…裏切ったって…何も…」
「どこの世界に、己の婚約者の父母の死因もしらぬ人間がいますか!」
「…ひっ!」
「そんな人間が!こんな人間が!臆面もなく結婚したいなどと!!結婚したいなどと!!!」
「ママ!ママ!終わったんだよ!全て「ナシ」になったんだよ!大丈夫だから…誰も何もうらんで無いから!」
「…はぁ…はぁ、ごめんなさい。少し感情的になってしまったようです。」
「…い、いいえ。」
「私は…彼のことを何も知らなかった…「プライベートな事を聞くのは失礼」だと言い…大事なことを全く聞こうとしなかった。」
「………」
「彼は私のワガママを全て聞いてくれました。きっと辛いことも多かったはずです…なのに彼は、いつも私を優しく包み込んでくれた。私は嬉しかった。私の想いを受入れてくれる彼を…本当に愛しているのだと思い…結婚したいと…でも、それは違ったんです。」
「………」
「私は…受入れてくれる心地よさに酔っていただけで、彼の想いを全く受入れてなかった。私は彼を愛していたんではなく…彼から愛されるのが好きだっただけなんです…」
「………」
「こんな私が慈愛に満ちた女性だと言えますか?…愛し合っていたと言えますか?」
「………」
「もし、彼のことをもっと良く聞いて…語り合い…胸の内にあったものを聞き出していれば…彼を抱きしめてあげていれば…こんな事態に陥らなくてもすんだはずです。」
「………」
「…マリンさんは結婚願望がおありなのでしょう?」
「…うん。」
「人を愛するということは、その人の想いと、それに付随する多面性を受け入れることでもあるんです。」
「………」
「愛した人が…夫が、もし罪人であったのなら…その罪と悲しみを一緒に背負わなくてはなりません。不治の病に犯され…苦しんでいるのなら、その苦しみを分かち合わぬばなりません…貴方はそれを受入れる覚悟はありますか?」
「…そんな重いこと…考えたことないよ。」
「では、これを契機に…考えてみてください。恋愛するのも結構です。でも本当に相手の方を想った時、自分が相手を愛しているのか、それとも『愛されるのが好き』なのか…振り返って見つめなおしてください。」
「………」
「さもないと…私のように、無意識に相手を傷つけ、苦しめて…自分の身に返ってくることになりますから。」
「…うん。」
「よかった。私の話を聞いて、マリンさんが何かを学ばれるのであるなら、私も恥をさらしたかいがあるというものです。」
「…あれ?ママどこに行くの?」
「帰るんです。いささか遅くなってしまいました。パパ、怒ってなければよいのだけれど。」
「そう言えば…今日は、ママとパパだけで、お食事をする日だったよね。7人目の妹、よろしくね!」
「操さん。下品ですよ…では、失礼します。」
「あーあ、行っちゃった。」
「………」
「マリンさん。ママの毒気にあたって、ダメダメになってますねぇ。」
「…理屈は分かるけど…あまり重い現実を見せないで欲しいねん。」
「女として生きると書いて「妻」と書く、女が母になると「毒」となる…」
「なにそれ?」
「さぁ、前にママが言ってた言葉です。僕も意味が良く分からないンですけど、もしかして僕が…赤ちゃんができたから、ママが変っちゃったのか?なんて思ったり。」
「本当…あんたも産まれてないとは言え、この狂った恋愛話に出ているんでしょ?こんな話を聞いて良く平気でいられるよ。」
「う〜ん。全く平気ってわけでもないんですよね。僕、パパも大好きだけど、ママが可哀想になってきて、一度「パパ、殺しちゃおうか?」って聞いたことがあるんですよ。」
「…げ、そんなこと考えたの。」
「そうしたらママは「パパを殺すのは私だから、貴方は手を汚さなくても良いんですよ」って答えたんですよね。パパの生殺も自分のものだっていうんですから、ママって本当にラブラブ!と思っちゃいました。」
「…うう、また気分が悪くなっちゃった。」
「でも一応、ママが死んだ後の生殺与奪権は貰っていますよ。ママが死んだ時、後を追わないばかりか、他に女なんかつくったら、ドン!です。」
「…ちょ、ちょっと!」
「あ、もちろん。パパが先に死んじゃった時も同じですよ。ママが他の男とくっついちゃたら、ズドンです。狂い咲きをしたのなら最後まで昇華しないとね!」
「本気で言っているの!?」
「当たり前ですよ。ここまで来たら晩節を汚して欲しくないですもん。」
「そうじゃなくて…それでアンタの人生いいの?」
「はい?何がですか?」
「そんな…親を監視するような…そんなんでいいの?」
「当たり前じゃないですか。だって僕はあの二人の愛の結晶なんですよ?物語の最後の幕引きを、僕がしなくて誰がするんですか?」
「だからって…アンタまで狂うことないじゃん…」
「う〜ん。僕の存在理由を否定されてもなぁ…じゃあ、聞きますけど、マリンさんは僕の人生を否定するほど立派な生存理由があって産まれてきたんですか?」
「…え?」
「正直、物凄い不快なんだよね。マリンさんが親にさぁ…隣人に愛を説くような子に…とか。相手の間違った行いを正すような子に…って言われて産まれてきたのなら、これは仕方がないけど…」
「………」
「そこんとこ、どうなの?僕は狂気の愛から産まれたことも、その幕引きをすることも、全然後悔してないけど。マリンさんはどうして生きてるの?どんな意味があって産まれたの?」
「………」
「ねえ?ねえ?」
「…分かんないよ。そんなの。」
「…あれ?もしかしてマリンさんって『望まれていない子』だったり?」
「…!?」
「あはは、な〜んだ。『望まれていない子』か。どーりで、やたら妊婦、妊婦と騒いだり、赤ちゃん欲しいなんて言ってたはずだ。」
「…何がおかしいの。」
「いや、ね。こう思っただけですよ。『望まれて生まれてもいない人間が、偉そうに他人の存在理由を否定するな』ってね。」
「…殺すぞ。お前。」
「誰に口聞いているんですか?こんな至近距離で魔女が軍人にかなうわけないでしょ?口を開いた瞬間に頸骨を折ってやりますよ。」
「………」
「自分の存在を否定されて…頭にきているのは君だけじゃないんだよ?」
「………」
「………」
「…ごめん。私が悪いよね。」
「…え?」
「…そうだよね。自分の生き方に納得している人の、人生を否定するなんて…良くないよね。本当、ごめんね。」
「あ…いいんです。謝ってくれれば。」
「…何か疲れたよ。」
「毒が強かったかですから。でも、人を愛するなんて、それぞれ毒の成分が混じっていると思いますよ。他人から見れば異常なこともありますし。」
「…自分が「愛している」のか。それとも「愛されるのが好き」なのか…か。」
「難しいですよね。一体、どこで分かるんでしょう。誰かを好きになることは理解できますけど、相手の心を受入れる…愛するって、本当にそうなのか、それとも単に自分がそう思っていただけなのか。どこで判断するんでしょうね。」
「私も…誰かと愛しあえる日がくるのかな…」
「…できるよ、きっと。だってマリンさんは良い人だもの。」
「どこかで聞いたような台詞をはいてらぁ…」

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愛人
愛する人。恋人。
「情婦・情夫」のえんきょくな表現。

新明解国語辞典 第五版 (C) 三省堂 より抜粋。

愛する人、あるいは恋人として使用する場合は、青年以上、壮年ぐらいの人に使われる場合が多い。 例「エヴァはヒトラーの愛人だった」
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