まろやか&ダークネス編


-奈落の底の鎮魂記-
第ニ章〜恋なる話〜
第十話・災いなす者B

クラウス宅
「…い、いや、良く来たね。歓迎するよ。」
「え、ええ…」
「………」
「………」
「あ、あの…」
「は、はい?」
「昨日のことなんだけど…」
「そのことでしたら、私も話したいことがあります 。」
「………」
「………」
「こ、ここじゃ、何だから、とりあえず俺の部屋で話そうか?」
「…そうですね。玄関先で話すようなことではありませんし。」

「…どうぞ。ちょと散らかっているけど。」
「…ちょっと…どころでは無いと思いますが。」
「…え?片付けてあるだろ?」
「…これで…ですか?配置はバラバラですし、並びもデコボコ。それに何ですか、この配線の束は?」
「ま、まぁ、確かにいつも散らかっている部屋を慌てて片付けたからアレだけど。」
「…なるほど、元が散らかっているので、これでも綺麗に見えると。」
「め、目の錯覚扱い!?」
「…それに、この部屋。何かにおいますね。」
「え?そんなに臭う?換気はしているつもりだけど。」
「…それは気がつかないかもしれませんね。貴方の匂いですから。」
「…俺!?」
「…昨日、貴方に寄りかかった時と同じ匂いがします。」
「風呂は、いつも入っているんだけどな。そんなに臭ったかな?」
「いえ…けして不快な匂いでは…」
「そう?」
「………」
「あれ?何で赤い顔をしているんだ?」
「し、しりません!」
「(な、何なんだ?)
ま、座れよ。」
「…所で、ワイセツ物がありませんね?」
「…へ?」
「男の方の必需品ですよね?」
「そ、そりゃ、女の人を部屋に入れるんだから、見られないように隠しておくさ。」
「…え?女の人。」
「…な、なんだよ。」
「…あ、いえ。何でもありません。」
「ま、まぁワイセツ物って言っても、元々、そんなに持ってないってのもあるしな…」
「…女の人…私を女性として…意識してる(ボソ」
「どうしたんだ、またボウッとして?」
「…何でもありません!」
「な、なんなんだよ。さっきから?」
「こ、ここの汚さが我慢できないんです!片付けさせてもらいます!」
「ちょ…待てぇ!!」
「ああ、こんなものを、こんなところに!」
「そ、そこはダメ!」
「これは、ワイセツ雑誌ですね?こんな場所に。」
「ああ、そこは止めて!」
「ヒワイな画像集…どこの下に隠しているんですか。」
「お願い、俺を、俺を辱めないでくれ!」
「ここは上着の置き場ですか…丸めないで、ちゃんと折りたたんで入れないとダメで…ん?…こんな所に 写真立?」
「それはダメだ!絶対に見ちゃダメだ!」
「あ…れ?…私?」
「ああ…神よ…お慈悲を…」
「…高校時代の私の写真…いつの間に。」
「写真部が…その…そういう生写真を撮って…売っていたんだ。それで…」
「話には聞いていましたが、本当にこういうことをやっていたんですか…」
「…あ、ああ。」
「………」
「………」
「…あれ?随分厚みがありますが、まだ何枚か写真が入っているんですか?」
「カバァ外したらダメぇです!!」
かぱ
「な、な、な、なんなんですか!?これ全部、私の盗撮写真!?」
「(終わった…サヨナラ俺の青春)」
「写真部の動向がおかしいとは思っていましたが、裏でこのような、女生徒のワイセツ写真を売買していたなんて…不快です。この上なく不快です!」
「…そんな…そんなゴミを見るかのような目で見ないでくれ。」
「しかし、これはひど過ぎます。階段の下からスカートの中を写したものから、部室の内部を遠距離撮影したものまで…」
「…うう。」
「こんな人の尊厳を踏みにじるようなものが流通していたなんて…これは風紀違反ではなく、犯罪行為です!」
「…頼む。そんな冷たい目で見ないでくれ(どうする、どうする!?)」
「もっとも…このような下卑た写真を購入される方がいるから、蔓延るわけですが。」
「誤解だ!違うんだ!弁解させてくれ!(もうヤケクソだ)」
「…何をですか?私を説得できる論理的理由があるとは思えませんが。」
「俺は…君のことが好きなんだ!
(言っちまった。最悪のタイミングで)」
「…え!?」
「君を見たときから好きで、好きで!!もう、頭の中は一杯だったんだ(ええい!本当は違うけど、今はそうだから良いや!)」
「………」
「だから写真部の奴らが君の写真を売っている時に、他のやつらに見られたくなくて、全部買いあさったんだ!(こんな嘘の弁解の為に告白なんて…ああ死にてぇ)」
「………」
「ごめん!悪かった!許してくれ!」
「………」
「………」
「………」
「えっ…と、カミュさん?」
「混乱をさせるようなことを言わないで下さい!!」
「…へっ?」
「いきなり好きだなんて言われても…どうして良いか分からないじゃないですか!?」
「ご、ゴメン。」
「もう…知りません!!」
「…はい。」
「…この間まで、女性として見てなかったのに、こんなタイミングで言うなんて…ずるい(ぶつぶつ」
「………」
「…(ぶつぶつ」
「えっと…写真なんだけど…」
「…捨てますよ?(キッ」
「ちょ…ちょっとまって…そのHな写真は…しょうがないけど…普通に写っているやつは残して欲しいんだ…」
「………」
「や、やっぱりダメだよね。はは…」
「…良いですよ。」
「…え?」
「その代わりに、そこにあるワイセツ物。本や画像を全て処分して下さい。」
「…ええ!?」
「…私の写真に比べれば、必要のないものですよね?」
「あの、イメージ集とかも…」
「必要ないですよね?」
「この動画集や写真集、プレミアものなんだけど…」
「必要ないですよね?」
「え…と…これにつかった月日と金額は途方も無いものに…」
「………」
「…カミュの写真と比べれば、大したものではありません。」
「…よろしい」
「あ、ありがとう…あれ…こっちの写真もいいの?」
「お、男の人は、そういうものが無いとダメなんですよね?全て処分されたら何も残りませんし…」
「女神様だ!ここに女神様がいる!!」
「な、何を言っているんですか…」
「じゃあ、じゃあ、ここに写真機があるから、もう何枚か撮らせてくれないかな?」
「ちょ…調子に乗らない!」
「ご、ごめん(ガッカリ」
「…もう、そんなに肩を落さないで下さい。はぁ…このままの姿でよろしければ…撮っても構いませんよ。」
「本当!?(ガバッ」
「ど、どさくさにまぎれて抱きつかない!頭にキスしない!ほお擦りしない!」
「ふふふ…撮りまくるぞ!」
「…うっ、止めておけば良かったかも。」

「はい終わり!ごくろう様でした。」
「…疲れました。まさか2時間ぶっ続けで撮影するとは思いませんでした。」
「いやぁ〜良い写真が撮れた。後でポスターにして部屋に張ろう!」
「え!?いや、それはちょっと…」
「冗談。冗談。残念だけど、そんな大きな印刷機持ってないから。」
「そ、そうですよね。」
「ふふ〜ん♪」
「…嬉しそうですね。」
「ああ、嬉しいさ。何たって…」
「…何たって?」
「…その君の写真が…ね。」
「…あっ」
「そんなに身構えなくても…襲ったりしないから。」
「そ、そうではなくて…その、急に見られているのが恥ずかしくなって…」
「…え?ああ、ゴメン。Hな目をしてたかも…」
「…いえ…それは…そうですね。」
「でも今日は嬉しかった。部屋に来てくれるなんて。」
「…どういう意味ですか?」
「だって一人で着てくれるってことはさ。俺を信じてくれているってことだろ?」
「…え?」
「だからさ…」
「…それは違います。」
「え!?違うの。」
「信じていたというよりも…疑ってなかった。という表現が正しいと思います。」
「…そんなに違わないと思うけど。」
「…鈍い人ですね。疑念を持たないほど…貴方に心を許しているということが分からないのですか?」
「…!?」
「…(ドキドキ)」
「…(ドキドキ)
それは、さっきの言葉の返事と思っていいのかな?」
「…(ドキドキ)
お好きに解釈して構いません。」
「…じゃあ、そう解釈するよ。いいよね?」
「…何度も同じ事を聞かないで下さい。」
「…俺。」
「…まって。」
「…なに?」
「…来週の予定、まだ決めてませんよ?」
「…へ?」
「へっ、じゃありません。今日、私が来たのも予定を立てるためです。」
「そ、そうだったね。でも、なんというか…それは脇に置いておいて…」
「何を言っているんですか。それでは本末転倒です。そうでなくとも2時間も無駄に使っているというのに。」
「む〜(せっかく、良い所なのに。この超合金!)」
「そんな顔してもダメです。」
「はぁ、まあいいか。来週の予定はもう決めてあるんだ。」
「確か東部の方へ行きたいと言われてましたね。」
「うん…そこの動物園に行こうかと思っているんだ。」
「動物園?…ああ、そういえば大きな動物園がありましたね。」
「前から、そこの動物園に行きたいと思っていたんだけど一人だと、なかなか行き辛くてね。」
「…動物園ですか。」
「ダメ?嫌なら別な場所でも良いけど。」
「いえ、構いませんよ。ただ一つ気になったものですから。」
「なに?」
「…デートじゃありませんよね?」
「デート?…いや、そんなんじゃないよ。ただ…」
「ただ…何ですか?」
「いや、昔の思い出にひたりたかったダケか、な。」
「思い出…ですか。」
「大した思い出じゃないんだ。昔、死んだ両親と一緒に遊びに行ったってだけ。」
「………」
「ごめん、湿っぽい話になっちゃったね。」
「…いえ、いいんです。分かりました。行きましょう。」
「ありがとう。嬉しいよ。」
「いえ…(私の知らない…ご両親との思い出)」
「ああ、でも本来の目的は本探し…ていうのは代わりないから。」
「ええ」
「…どうしたんだ?生返事だけど…調子悪いのか。」
「いえ、そんなことはありません…」
「…じゃあ?」
「気にしないで下さい。男子の部屋に2時間も一緒にいたことを、どう両親に説明しようかと考えていたものですから。」
「なんだ。そんなことか。」
「………」
「そうだな。う〜ん、道に迷っていたとか。」
「見知らぬ土地ならともかく、そんな話通じるわけがありません。…それに私は父と母には嘘をつきたくはないんです。」
「じゃあ、どうしよう?」
「そうですね…やはり、証拠を見せた方が一番早いですね。先ほど撮られた写真には時計機能はついているんですよね?」
「ああ、印刷すれば撮影時刻はしっかりと表示されるよ。」
「では印刷してもらえませんか?」
「二時間分を!?凄い量になるぞ!」
「はぁ…そんなにはいりません。10分ごとか5分ごとの写真を頂ければ十分です。」
「…うう、まるでバカを見るような目で見られた。」
「さ、手早く印刷して下さい。」
「…五分ごとなら24枚か。これならすぐに終わるな。」
「…もう一枚、撮影者の写真も欲しいですね。誰が撮ったか分からなければ説明もしずらいですし。」
「え?でも、俺の写真なんか見ても分からないだろ?」
「そんなことはありませんよ。部活動で何度か一緒に撮ったじゃないですか。」
「う…ん。そうだっけ?」
「一緒にいるのを見られるのは嫌ですか?」
「そんなことはないけど…君の両親にみられるかと思うとドキドキする。」
「別に婚約の報告をするわけでは無いのですから、そんなに気後れしなくても…」
「こ、こんやくぅ!?」
「だ、だから、そんなに意識しないで下さい。私まで…」
「(ドキドキ)」
「(ドキドキ)」
「は、はやく撮ろうか?心臓が破裂しそうだ。」
「え、ええ、そうですね。」
「では自動撮影に切り替えてっと…えい。」
カシャ
「撮れましたか?」
「…うん。」
「…クス。なんだか、本当に結婚を申込む、お婿さんみたいですね。」
「もう一枚、撮ろうか?」
「…いえ、これで構いません。貴方らしさが出ていて…とても良い写真ですよ。」
「そうかな?」
「…はい。」

「こうして、その日はカミュと別れた。彼女がこの部屋にいた。という不思議な余韻につつまれ、私は彼女の写真を改めて額に入れると、見通しの良い所において…眺めていた。」
「ねぇねぇ…何で押し倒さなかったの?」
「このエロ娘!パパとママは純愛なんだぞ!そんなアホなことを聞くな!」
「でも、考えなかったわけじゃないよ…」
「ほらぁパパさんも男だから考えるって!現実をもっと見ようぜ!」
「ふふん。何を言っているんです。ママの魅力にメロメロになっちゃたダケじゃないですか。それに実際は襲ってないんでしょ?それこそ純愛の証拠だよ。」
「ちっ、打たれ強いな軍人は。」
「実際その時はね…何度も実行ようかと考えたよ。でただ、そこで彼女を押し倒したら、壊れそうな気がしたんだ。」
「関係が?」
「それもあるけど、やはり彼女自身が…強く抱きしめたらガラスのように砕け散るんじゃないかって…ね。」
「パパは本当にママのことを思っていたんだね…僕は感動だよ!」
「女の扱いに慣れてなかっただけでしょ。部屋に入ってきた女を襲わなくて、どーすんの!」
「…マリンさん。なんか嫌な思い出でもあるんですか?」
「う、うるせやい!それよりパパさん!」
「なんだい?」
「エロ写真が見つかったとき、上手く危機から回避できたね。よく嘘だってバレなかったもんだ。」
「そういえば、高校時代の写真ってママのしか無かったんだよね。本当はその時から好きだったの?」
「いや彼女も、私が「高校当時に好きだった」というのはウソだと分かっていたよ。本格的に付き合い始めてから、しばらくして、その時の事を聞いてみたら笑って言っていた。「あんなウソ、子供にだって分かります」って。」
「へぇ〜、じゃあ何で許してくれたの?」
「私が言った「好きだ」という一言が…嬉しかったと、言っていた。」
「らぶらぶぅ〜!!」
「けっ、またノロケかよ!で、写真はどうなの!」
「…言わないとダメかな?」
「教えてよパパ。」
「あの写真はセット販売で、カミュ以外の人の写真も同封されていたんだ。卒業したときに全て破棄したんだけど…」
「たまたま残っていたの?」
「…いや、彼女も同じ大学へ通うことが分かって残しておいたんだ。」
「…サイテー」
「ごめんパパ…ちょっと軽蔑するね。」
「…う〜ん(がっかり。」
「しかし何だ。他のエロ道具を全て捨てさせて、自分のHな写真だけを残すママさんも凄いね。恋愛のためなら手段を選ばないその姿勢は学ばんと。」
「手段を選ばないっていうか…女の子は、自分以外の女性を見て欲しくないんですよ。」
「でも、エロ写真なんか残したら何に使われるか、分かったもんじゃないでしょ?」
「じゃあ、他の人のなら良いんですか?」
「む〜それは嫌かも。」
「女の子は複雑だね。」
「男と違って女は単純じゃないの!
…ところで。」
「なんだい?」
「ママさんから貰ったエロ写真を、その夜…」
コキャ
「うぎゃぁぁぁ!!!」
「さっパパ。次は動物園の話だったよね!早く聞きたいなぁ」
「い、い、い、今、コキャって言った!コキャって言った!」
「整体って気持ちいいよね!」
「く、く、首がコキャったら死ぬんだぞ!」
「…死ねば良かったのに(ボソ」
「あ、あ、あ、アンタって子は!?」
「そろそろ、話を始めるよ?」
「う〜この娘、どんどんクロくなっていくよ。」
「…誰のせいだよ。」

動物園
「いや…今日は良い天気だね。」
「…ええ、本当に気持ちの良い天気ですね。」
「しかし驚いたな…」
「入場口でのことですか?」
「ああ、まさか堂々と小人券で入るとは思わなかった。」
「ふふ、驚かせてしまいましたね。」
「いや、なんつーか、カミュなら間違えられても「私は大人です!」と怒るもんだと思ってたからさ。」
「知らなかったんですか?実は私は結構、悪い子なんです。子供の頃なんてハロウィンのためにカボチャを盗んできたこともあるんですよ。」
「う〜ん。畑泥棒はさすがにイメージに無かったな。」
「ふふ、それにこれは私流の罰であり、復讐なんです。」
「…ばつ?」
「私、子供扱いされるのが嫌いなんです。ですが世間では、私を見かけで子供と判断します。」
「だから罰金刑なのか?」
「そうです。子供扱いするのなら、子供料金で通らせて貰います。」
「まぁ、確かに「お子さんですか?」はひどかったよな…」
「ふふふ…私のパパだと思われたんですね。あの時の貴方の顔ったら…」
「そりゃ、父親だなんて言われたら…俺、子供がいるように見えたのかなぁ…」
「少しは私の気持ちが分かりましたか?私なんか、毎日そんな思いをしているんですよ?」
「君の気持ちが分かった秋の午後…よし、忘れよう。忘れて動物を見て和もう!」
「そうですね。そうしましょう。」
「じゃあ、こっちへ来て…」
「あ…」
「いっ!?ご、ごめん。思わず手をつかんじゃった。」
「い、いえ。ちょっと驚いたものですから。…手を引いてくださるんですよね?」
「あ、ああ。そうそう、案内をしたくて…手を引いて良い?」
「…はい。よろしくお願いします。
でも…」
「なに?」
「あまり強く…手を引かないで下さいね。」
「も、もちろん(く、くそ…可愛い)」
「…では(にぎ」
「………」
「………」
「…(や、柔らかい)」
「…(男の人の手ってもっと固いものだと思ってましたけど)」
「…(ちくしょう。ほお擦りしたい)」
「…(大きくって温かい手…もうちょっと優しく握ってくれると嬉しいな)」
「…(やばい。心臓がドキドキしてきたぞ)」
「…(私の心臓…凄く鼓動してる…)」
「…(落ち着け、落ち着くんだ。彼女の前で醜態を見せられないぞ!)」
「…(この高鳴り…嫌じゃない)」
「…(ここで踏ん張らないと恋人同士になんてなれないぞ!頑張れ俺様!)」
「…(体が…彼に対する想いを知らせてくれているのかな?)」
「…(よし、しっかりとリードするぞ!)」
「…(ずっと…こうしていたい気分…)」
「………」
「あっ、象さん!」
「ここは象のコーナーだね。」
「大きいですね象さん。見て下さい!お鼻、凄く長いですよ!パォーって言ってますよ!凄いですね!」
「…へぇ〜」
「どうしたんです?珍獣を見るような目で?象さんは、そんなに珍しくないと思いますけど。」
「いや、君。」
「え?」
「そんなに興奮するとは思わなかったからさ。」
「…どんな想像をされていたか、興味がありますね。」
「…う〜ん

『象ですか、図鑑で見るのと変りありませんね。…こんなものでしょう。では、次に行きましょう。』

こんな感じ?」
「…貴方は私を何だと思っていたんですか?…血も涙も無いような機械のような人間だと?」
「いや…その…なんというか…」
「…超合金だからですか?」
「先入観はあった…」
「ガッカリです。そういう風に見られていたなんて…」
「ご、ごめん。」
「ガッカリです…」
「ごめん!本当にごめん!何をしたら良い!?許してくれるなら何でも…」
「…クス」
「…あ!騙したな。」
「お返しです。でも…ちょっとだけガッカリしたのは本当です。」
「…うん。ごめん。」
「ふふ、私達はお互いに、もっと良く知り合う必要があるみたいですね。」
「長くつきあっているつもりでも、知らないことって多いもんな。」
「あ、それ、私の台詞ですよ?」
「そうだっけ?」
「とぼけてもダメですよ。私、自分が言ったことは全て覚えているんですから。」
「そ、そうなのか(こりゃ、迂闊なことは言えないぞ)」
「どうしたんですか?顔から冷や汗のようなものが…」
「え?うそ!?」
「はい、嘘です。」
「…カミュ、君ってヤツは。」
「…ふふ。」
「いや、失礼ついでに言わせて貰うけど…君がそんなに表情豊かだとは思わなかったよ。」
「そうですか?」
「そうだとも、いつも冷静というか…」
「冷酷というか、冷徹というか…」
「そ、そこまでは言わないけど…」
「思っていましたよね?」
「…はい。」
「…ふふ、良いんです。普段は感情の抑制に努めていますから。」
「今は抑制していないってことか?」
「…貴方が悪いんですよ?」
「…俺?」
「貴方が側にいると…ほっとしてしまって抑制が効かなくなるんです。多分、安心してしまうんでしょうね。」
「俺がいると気が抜けてしまうってのか?」
「ええ、自分の中で抑圧していた感情がどんどん表に出てきて、止め処もない状態へと陥ってしまうんです。」
「そ、それって危険じゃないのか?」
「そうですね。かなり危険ですね。私、壊れてしまうかもしれません。」
「………」
「もし、壊れてしまったら…責任とってくれますか?」
「…俺」
「…冗談ですよ。」
「…とるよ責任」
「え?」
「君が壊れてしまったら…責任をとるよ。」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。冗談で言っただけですから、本気にされなくても結構ですよ。」
「…問われたから答えただけさ。でも、冗談では答えたくない。」
「………」
「どうした?」
「…ごめんなさい。」
「え?何で謝るんだ?」
「私、貴方にとても失礼なことをしてしまいました。ごめんなさい。」
「………」
「…でも、嬉しかった。」
「…おい、超合金!」
「はい?…あ」
むにゅ〜
「あふぅ〜」
「ふむ。お前さんのほっぺは柔らかくて気持ちいいな。つっついたり、ひっぱったりすると良い感じだ。」
「な、なにをするんへぇすか〜」
「少しは柔らかくなると思ってな。そんなにガチガチしていると、その内に本当に鋼鉄製になっちまうぞ。」
「………」
「さ、次の檻を見にみよう。」
「…はい。」

「ぐるっと一周…疲れたなぁ…」
「意外と体力が無いんですね。」
「そりゃ、まあ、途中で君を背負ったからね。」
「だから背負わなくても構わないと…私も恥ずかしかったんですよ?」
「でも、疲れているって言っていたし…お姫様抱っこはダメだって言うし…」
「あ、当たり前です!お姫様抱っこなんて…結婚式じゃないんですから。」
「お姫様抱っこして、頬擦りしようと思っていたのになぁ(ぼそ」
「何か言いました?」
「い、いえ何も。でも楽だったろ?」
「それは…はい。背中…とても広くて、温かくて…眠くなっちゃいました。」
「…眠ればしたい放題だったかな?」
「…手触りとかですか?」
「…な、なんのことだい。」
「お尻、触っていたでしょ?」
「ふ、ふ、ふ…」
「不可抗力ですから、仕方ありませんよね。」
「…あう。」
「…クス。」
「あの…カミュさんは、こんな人でしたっけ?」
「あら、言わなかったでしたっけ?私、本当は悪い子なんですよ。」
「うう…こんなに悪い子だったとは。」
「女性だからと安心しているとヒドイですよ?世の中には羊の皮を被った狼もいるんですから。」
「じゃあ、俺は赤頭巾ちゃんか?」
「う〜ん。赤頭巾にしては美味しそうではありませんけど、弄りがいはありそうですね。」
「…なんか、この関係が定まりそうな予感がする。」
「関係ですか?」
「赤頭巾の俺と、狼の君。」
「それは素敵な関係ですね。」
「勘弁してくれ…」
「でも、こうも言えますよ?」
「なに?」
「女性の言葉を受け止めてくれる男性って、度量が大きいって。」
「…はぁ。そうですか。」
「そもそも、女性というのは色々と口を開くものです。嫌になるかもしれない場合もあると思いますが、それを受け止めたり…時には受け流したりできるのは度量だと思いますよ。」
「君も?」
「ちょっと自覚しています。」
「自覚してたのかぁ〜高校の時は五月蝿かったもんな。」
「あ、あれは仕事でしたから…貴方のように法規に従わない人達が悪いんです。」
「それを受け流して聞かなかった俺は、度量が大きい人間だよな。」
「叱られるのは、思いっきりダメ人間の証拠です!しかも受け流すなんてダメのダメダメです!」
「分かった。その言葉受け止めよう!」
「当たり前のことを胸をはって言わないで下さい。格好良くないですよ。」
「む〜、嘘つき!」
「む〜、ダメ人間!」
「………」
「………」
「…はは。」
「…ふふ。」
「今日は、君の意外な一面を見れて、満腹って感じだよ。」
「…ちょっと、嫌いになっちゃいました?」
「とんでもない。逆だよ。君の色々な面を見て、もっと…」
「…もっと?」
「…その、好きになりました!」
「お、大声で言わないで下さい。そんなこと!」
「ご、ごめん。」
「もう、知りません!」
「………」
「………」
「………」
「…あ、あの…どうしました?」
「…墳墓だ。」
「墳墓?動物園の中に、お墓ですか…」
「ああ…昔からある動物園には良くある…戦時慰霊碑だ。」
「…人の傲慢の表れですね。平時には愛玩し、戦時には不要だと殺害する。」
「………」
「こんなものをつくって、わずかな良心の痛みを紛らわせようとしている。…人とは業の深い生き物ですね。」
「………」
「………」
「…動物達を殺したのは、軍人では無く職員達だ。」
「…?」
「…彼らは軍人達には任せることを許さなかった。…それはきっと、愛すべき者を他人に奪われることに耐え切れなかったからだろう。」
「………」
「…初めは安楽死をさせようと薬物を用いた。だが毒物の混入した餌を食べなかった動物や、注射が出来なかった動物は…射殺された。」
「………」
「…一頭づつ、名前を呼びながら「すまない」と謝り、引き金を引いた…らしい。」
「………」
「…人は誰かと別れるときに、その人の幸せを願う。そういう内容の本を読んだことがある。」
「………」
「…じゃあ、彼ら職員はどうだ?長きに渡って愛してきた動物達を殺していく…死という、もっとも不幸な結末を迎えさせなければならない彼らは…」
「………」
「…誰も好き好んで愛する者を殺す人間なんていない。でも、自分で殺さなければ…いや、殺しても…後悔するだろう。誰かを恨みながら、自分の無力を感じながら…」
「………」
「…回避できなかったと知りながら、それでも自問せずにはいられない。もしかしたら止められたかもしれない。いや、逃がすことが出来たかもしれない。」
「………」
「…ずっと、悔やみながら、自問しながら…いつまでも、いつまでも…ごめん、と、許してくれ、とつぶやきながら。」
「………」
「………」
「…どうぞ。」
「…え?」
「…ハンカチ。涙が出ていますよ。」
「…あ、ありがとう。」
「…それでも私は許せません。」
「………」
「…動物達を想うのであるなら、命をかけて抵抗するべきだったんです。それが命を預かるものの責任なのでは無いでしょうか?」
「…厳しいね。」
「不況になった会社が、社員を解雇するのとはわけが違うんです。失った命は戻ってきません。取り返しがきかないんです。」
「やるなら…命をかけて行え、か。」
「私も、自分でも、厳しいとは思います。でも…」
「…ハンカチ。」
「…え?」
「…ありがとう。助かったよ。」
「…あ、はい。」
「………」
「…クス。一緒ですね。」
「…え?」
「感情的になってしまうのは。一緒ですね。」
「…そうだね。」
「何だか、貴方の心に触れた気がします。」
「…参ったな。惚れた弱みの上に、心まで握られたら勝てないぞ。」
「私に勝ちたかったんですか?」
「う〜ん、勝ちたいというより…負けっぱなしは、精神衛生上良くないからね。」
「でも、妻の尻にしかれるのが一番良い夫婦とも言いますよ?」
「ふ、ふうふ!?」
「あ…何を言っているんですか!」
「え?」
「へ、変なことを大声で言わないで下さい!」
「…なんで俺が怒られるんだよ。」
「ごく些細なことを強調するからです!そんな重箱の隅をつっつくようなことをしていると嫌われますよ!」
「…自分で言ったくせに。」
「何か言いましたか?」
「いえ、何も。」
「よろしい。」
「うう…君と結婚したら、絶対に尻にしかれるな。」
「それは安心して下さい。私は、夫を尻にしくようにはしませんから。」
「そうか?」
「共に敬愛し、尊重し、支えあう…そういう関係こそ、本当の夫婦だと私は思ってます。」
「…俺達もそうなれるかな?」
「ええ、もちろ…
…って、何を言わせるんですか!」
「…ち、気がついたか。」
「こんなやり方は最低です!私、雰囲気に飲まれるような人間ではありませんからね!」
「知っているよ。ただ、ポロリと君の本心がでるかなぁ〜と思っただけさ。」
「ずるい!そういう人、私、知りませんから!」
「はは…でも、可笑しいな。」
「なんですか、笑って誤魔化そうとしてもダメですよ!」
「いや、カミュといると楽しくて仕方が無い。」
「…え?そ、そうですか。」
「ああ、とても幸せな気分になれる。感謝しないと。」
「そんなこと…今日は、私も楽しませてもらいましたし。」
「そっか、良かった。君が楽しんでくれたのが一番嬉しいよ。」
「…クス。そういう所、お上手なんですね。」
「そ、そう?」
「でも意識してやっても、貴方の場合、多分無理ですよ。口説きのセンスなんて無さそうですし。」
「センスが無いのに上手?どういうこと。」
「もう…貴方の人柄が良いってことですよ。」
「…(真っ赤)」
「そろそろ、帰りましょうか?本屋さんを巡る時間もありますし。」
「…そ、そうだね。行こうか。」

「ふぅ〜ん。なんか、ママさんのイメージが全然違うね。」
「ママ、可愛いですよね!」
「浮かれてしまって、ジが出たか…いや、普段の自分との落差をみせつけ、相手をクラっとさせる高等戦術か…。」
「…マリンさん。計算高いのも良いけど、下手な皮算用ばかりしていると、そのうち足元すくわれますよ?」
「ええい!計算せずに恋愛が出来るか!!パパさんだって、グラっときたでしょう!」
「まぁね。」
「ほらみろ!大計算!」
「そりゃ計画性があるに越したことはないけど、なんかマリンさんの場合、あさっての方向なんだよね。」
「ほっとけ!それ続き、続き!」
「動物園の話はこれで終わりだよ?」
「とぼけようとしても無駄だよパパちゃん。ママさんから帰りの電車で接吻したのを聞いているんだぞ!」
「そ、そんな話までママはしたのかい?」
「聞きたいな♪パパぁ〜お話して〜」
「…ふぅ、列車の中の話か。まぁ、結局、動物園に長居してしまって本屋巡りも出来なくてね…そのうち機嫌の良かったカミュも、怒り出して…帰りの列車の中で、私は平謝りをしていた。」

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