まろやか&ダークネス編


-奈落の底の鎮魂記-
第ニ章〜恋なる話〜
第十一話・災いなす者C

列車内
「…参ったな。列車内がこんなに混んでいるなんて。」
「乗車率は、間違いなく200%を越えていますね。」
「でも、そのおかげで君と密着できているわけだけど…」
「…変なことをしたら、怒りますよ?」
「…怒った顔も」
「何ですか?」
「か、可愛いかも…」
「…そんなことはテレながら言うものではないでしょうに。」
「あ〜あ、格好が悪いな俺。」
「そんな、歯の浮くような台詞が似合う人となんて、お付き合いしたいとも思いません。」
「じゃあ…」
ゴットン
「…あっ。」
「胸の中に飛び込んでくるなんて、積極的だなぁ。」
「…何を言っているんですか?後ろの人に押されたから、前に倒れたダケです。」
「分かってるって…大丈夫?」
「…ええ、少し圧迫感はありますが。」
「ちょっと御免。」
ギュ
「…え?あ、何を。」
「こうして抱きしめておけば…その、君を守れると思って…」
「…守る?」
「君は小さいから押しつぶされないように…」
「…わ、私は確かに体は小さいですが、気にかけてもらうほど弱くはありません。」
「ごめん。でも、君を…」
「………」
「君を守りたい。」
「………」
「………」
「…仕方ありませんね。こんなに混雑していては、離れることも出来ませんし。」
「…ありがとう。」
「その代わり、しっかりと私を守って下さい。」
「…ああ。」
「………」
「………」
「…貴方の胸の中…大きくて温かい。」
「そう?」
「…貴方の匂いがします。」
「…ごめん、汗をかいたから。」
「…いいんです。嫌な匂いでは…ありませんから。」
「………」
「…何で」
「…?」
「…何で、貴方に抱きしめられると…こんなに安心するんだろう。」
「あ…泣いているの?強く抱きしめすぎた?」
「そんなんじゃ…そんなんじゃないんです。」
「?」
「貴方に抱きしめられていると思うと…体の力が抜けてしまって…それで気も緩んでしまって…」
「カミュ…」
「…しばらく…このままでいてもらえませんか?」
「…ああ。」

「…ふふ。」
「…ん、どうしたんだ?」
「…いえ、気がついたものですから。」
「気がついたって?」
「いえ、確信したと言いますか…ふふ。」
「何が?」
「…教えてあげません。」
「そ、そんな。ここまでふっておいて…」
「…もう、口で言わないと分からないだなんて…駄目ですよ?」
ギュ
「…あっ」
「…ん。もっと、強く抱き返して下さい。」
「あっ、ああ…」
「…可笑しいですよね。ここまでしないと…自分の気持ちに素直になれないだなんて…」
「…え?」
「…もう、鈍感すぎです。それってブーですよ?」
「…(ドキ)
あの…さ。つまり、その…」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…一つだけ…聞いても良いですか?」
「…なに?」
「…どうして私を…好きになったのですか?」
「………」
「………」
「…君が、僕を好きだって言ってくれたから。」
「…え?」
「…ほら…カフェテリアで…言ってくれただろう?「新たな出会い」をした時に…さ。」
「あ、あれは…」
「…いいんだ。単なるリップサービスだってことぐらい分かているよ。」
「………」
「…でも、嬉しかったんだ。例え友人として「好き」だって言ってくれても、自分の幸せを望んでくれる人がいることを知ったから。」
「………」
「だから君が幸せになることを・・・君を幸せにすることを…願ったんだ。」
「………」
「………」
「…私は、貴方が幸せにするほどの価値のある人間では無いのかもしれませんよ?」
「…それは逆だよ。」
「…え?」
「俺こそ…君を幸せに出来る人間か…幸せに出来るほどの人間か分からないんだ。」
「………」
「君の体を抱きしめた時…俺は自分のしようとすることの重さに…一瞬怖くなった。」
「………」
「君の人生を…その重みに自分が耐え切れるかどうか分からなくて…何度も突き放そうと思ったんだよ。」
「………」
「…こんな自分が果たして、本当に君を幸せにできるかどうか分からない。君にとって自分が、本当に価値のある存在か…自信が無い。」
「………」
「………」
「………」
「…でも、君を…幸せにしたい。」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…ダメ、かな?」
「…ダメだなんて(ギュ」
「…あ。」
「…そんなこと、ありません。」
「…じゃあ、幸せにして…良い?」
「…構いません。私を…私達を幸せにして下さい。」
「…ありがとう。出来るかどうか分からないけど…頑張るよ。」
「…ふふ。」
「…なに?」
「いえ、ただお付き合いするだけなのに…大げさだな…と思いましたから。」
「…そ、そうだね。」
「…でも、そこまで真剣に考えてくれてたなんて…ちょっぴり意外でした。」
「…う、うん。まぁ…確かに、考えすぎって言えばそうかも…意外だった?」
「少しは意外でしたけれど、考えすぎ…というのは間違えていませんか?真剣にお付き合いするのであるならば、心構えをしておくべきなのは、当然だと思いますが。」
「そ、そうだよね。」
「全く…そういう所は、若者ですね。恋愛を軽く考えようだなんて。」
「…ごめん。」
「…まぁ、良いでしょう。貴方が本気なのは分かりましたから。では、私からも貴方に伝えるべきことがあります。」
「なに?」
「…私も、貴方と同じ想いを抱いています。」
「え?それって…」
「………」
「………」
「私も、貴方の事を想っています。」
「………」
「………」
「…え〜と…それって俺の事が好きだってことだよね?」
「…はぁ。貴方は、その察しの悪さを改善する必要がありますね。」
「…いや…その、なんというか…好きなら好きと、ハッキリと言ってもらいたいんだけど…」
「…それはあまり言いたくありません。」
「な、なんで?」
「『好き』と言ってしまうと…何だかウソのような気がして…」
「…ウソ?」
「…言い換えますと『軽い』と言いますか…私の貴方に対する想いを伝える言葉としては、適当では無いような…」
「そ、そんなに想ってくれたの?」
「もう!そんなこと、聞かないで下さい!これ以上は何も言いませんからね!」
「あ、ちょ…どこへ行くの!?待ってゴメン!言い過ぎたよ!」
「何を言っているんですか。もう、到着しましたよ!」
「…あ、駅についたのか。」
「…もう、一人で終点まで乗っていて下さい!」

「そして私達は恋人同士となった。改札口を出ると、知らず知らずに私達は手をつなぎ、彼女の家まで歩いていった。しばらく二人とも黙々と歩いていたが、私は最後に意を決して、彼女にキスをしようと行動した。」
「で、大失敗こいたと?」
「…それも聞いているのか。アレは悲惨の極致だったよ。とっさに身構えた彼女の歯と歯がぶつかり、二人とも、その場で血だらけになって悶絶した。彼女とウヤムヤのうちに別れると、口を抑えて必死に走ったよ。」
「かなり辛かったんじゃないの。パパのお家って遠かったんでしょ?」
「うん、まぁ…ね。でも運良く、途中で警邏隊に遭遇してね…暴行を受けたと勘違いされて病院まで乗せていってもらったよ。」
「パトカーに乗ったの?」
「…情けなかったね。本当のことを言うわけにもいかないし、仕方が無いから階段から落ちたという事にしたよ。」
「晩節汚しまくりだね!」
「そういうことは言わないの!(ぎゅ〜」
「ぐぇ〜」
「はは…でも本当だよ。翌日学園に行ったも彼女は休んでいたし…2.3日して戻ってきたけれど、何だか俺も彼女もよそよそしくてね…」
「そうだったんだ。パパ可哀想…」
「…自業自得。」
「また!そういうことは言わないの!(ぎゅ〜」
「ぐぇ〜」
「もしこのまま彼女と疎遠になり、別れるようなことがあったら100%自分のせいだし…あの時は、本当に死にたかったよ。」
「ん〜でも、それは初めて聞いたなぁ。パパが思っているほどママは深刻に考えてなかったんじゃないかな?」
「う〜ん。そうかもしれないけど…当時は本気で泣いていた。」
「なさけない人やね。」
「そりゃぁ、あそこまで盛り上がっておいて、いきなり「もう無し」じゃあ、悔やんでも悔やみきれないさ。」
「そーだよマリンさん。策略も良いけど、もう少し男の人の立場ってものを理解しないと。」
「生娘のくせに生意気な…」
「自分は違うんかい?って気持ちなんですけど。」
「私のことなんてどうでもいいの!それでパパさんは、それからどうしたの!」
「それからか…しばらくして血みどろで彼女と別れてから二週間ぐらいしてからかな?構内で事件が起きたんだ。」
「事件?」
「彼女が…カミュが、男子大学生を階段から突き落として重傷を負わせたんだ。」
「ええ!?」
「それ僕も知らないよ!」
「…本人だけの問題じゃなかったからね。彼女の友人がタチの悪い男に騙されたのが、ことの発端だったんだ。」
「…男に騙された。」
「何が起きたか知らなかった私は慌ててね…後から聞いた話だけれど、何週間前から大変なことになっていたらしい…警察の事情調書から解放されてカアフェテリアにいた彼女の姿をみかけて…一目散に駆け寄ったよ。」

障害事件後・構内カフェテリア
「カミュ!」
「…ん?ああ…貴方でしたか。随分とごぶさたでしたね。」
「い、一体何が起きたんだ!周りじゃ君が…」
「…落ち着いて下さい。私の飲みかけですが…いりますか?」
「あ、ああ…ありがとう(ゴク
  …ふう。」
「落ち着きましたか?」
「………」
「……?」
「…間接キス。」
「…ふぅ…落ち着いたようですね。」
「…そ、そんな顔して見ないでくれ。」
「………」
「…カミュ?」
「…これから貴方のお宅へ出向いてもよろしいですか?」
「…え?」
「…この前…貴方の部屋の本棚にあった…あの本…もう一度見たくなりました。」
「…それは構わないけど。」
「…では参りましょう。…ここには人が多すぎます。」

障害事件後・帰宅路
「へ〜それは知らなかったな。取調べの「カツ丼」って自費なんだ。」
「ええ、刑事さんのお話ではお金さえ支払えば、わりと自由に食べられるそうです。」
「じゃあ、ドラマなんかで「カツ丼食うか?」ってのは、容疑者が払うのか?」
「その場合は刑事さんが「カツ丼を奢るから食うか?」って意味なのでは?容疑者の方がお金を持っているとは限りませんし。」
「あ、そうか。じゃあ「カツ丼を奢るから吐け!」ってことなのか。随分安い取引だな。」
「それもあるでしょうけれど、「お腹が膨れれば目の皮がたるむ」と言いますし、相手の方をリラックスさせるためのものでしょう。」
「食事をとると体温が上がる…なるほど体温が上がるとリラックスするっていうしな。」
「すると貴方に抱きしめられて、私が安心してしまうのも体温のせいですね。」
「そ、そうだね。きっと。」
「では…私が貴方のことを思っているのも、錯覚かもしれませんね。」
「カ、カミュさん?」
「…前歯が五本も壊されてしまいましたし。」
「ご、ごめん!本当にごめん!」
「最後の最後で、襲われちゃうなんて思いもよりませんでした。…信じていたんですよ、貴方のことを?」
「御免なさい!許してください!何でもしますから!別れるなんて言わないでくれ!」
「…何でも?」
「ああ!何でもする!だから…」
「…手料理。」
「…え?」
「…貴方の手料理が食べたいですね。作っていただけますか?」
「て、てりょうり?食事をつくれってこと?」
「男の人に、料理を作ってもらうのが私の夢なんです。結婚したとき、夫となる方にもお料理を作ってほしいんです。 」
「それって主夫?」
「いえ、そんなに大げさなことでもなくて良いんです。ただ、私が疲れたときや病気になったときは、優しく「食事をつくってあげるよ」って言ってくれる人が側にいると…嬉しいかなって…」
「…(ゴク」
「…作って、頂けませんか?」
「よ、よーし!パパ頑張っちゃうぞ!期待しないで待ってくれ!」
「…クス。はい。」
「……」
「……」
「…カミュ。さっきの話だけど。」
「…!待ってください。人の気配が…」
「…なっ!」

「…凄いな。大の男を三人も投げ飛ばすだなんて…あれはジュードーか?」
「…合気道です。テコの原理で相手を投げ飛ばす…武道です。」
「武道?ああ、格闘術のことね。」
「どちらかといえば受身の武術なので多人数で一斉に襲われると、どうしようもないのですが…」
「でも、三人を投げ飛ばしたぞ?」
「貴方がいてくれたからです…相手の注意を引き付けてくれたおかげで一人ずつ対応できたんです。ワザには多少の心得がありますが、幾らなんでも男三人に正面から勝てるわけがありません。」
「そうか、俺は役に立っていたのか。何だか立ちすくんでいる間に、次から次とカミュが倒していったんで、情けなくなっていたけど…」
「そうですか?でも格好良かったですよ。「俺の女に手を出すな!」と叫んで三人の視線を集めたときの姿は感動ものです。」
「…え、と。ちょっと怒っている?」
「…いえ、別に。ただ、あの場合は『俺の「女」』ではなく名前で読んでほしかっただけです。」
「俺の…カミュ…」
「い、今は言われなくても結構です。そういう台詞は普段は使わないものですよ!」
「…あ、ああ。」
「…全く。」
「…ちぇ、駄目だしがキツイな。」
「…理想の人になってもらうためには妥協はしませんよ(ボソ」
「なにか言った?」
「いえ、別に。それより先ほど襲撃者の一人が、ふところに手を入れたみたいですが…大丈夫ですか?」
「あ、あれか。あいつふところのポケットにサツを入れてきたんだよ。」
「…サツって…紙幣ですか?」
「君を売れってことだろうな。」
「…なるほど、どうりで」
「ああ、だから俺はヤツの腕を振りほどいたのさ。」
「…彼らが逃げた後、地面で何かを拾い集めていると思った。」
「…み、見てたの?」
「見ているも何も、堂々と拾っていれば分かります。」
「お、お金に罪は無いからね。こう、無下に捨てるのもアレかなぁ…て。」
「一理あります。では、そのお金は私たちの共同資金として私が保管しておきましょう。」
「あ、ああ。頼むよ。」
「…高額紙幣三枚ですか。私も安くみられたものですね。」
「全くだ。三千枚ぐらいよこせと言うんだ。」
「お金を積まれれば私を裏切るんですか?ガッカリです…」
「いや、いや、それは言葉のアヤというもので…」
「ガッカリ…」
「う〜頼む〜イジメないでくれ〜」
「…クス。家につきましたね。続きは貴方のお部屋でやりましょう。」

障害事件後・リッセル邸
「…というわけで、ガッカリです。」
「ええ!?続きってそこから?」
「…クスクス。冗談ですよ。いちいち反応されるなんて、面白い人ですね。」
「小悪魔だ!ここに小悪魔がいる!」
「ふふ。私は悪い子ですからね。姿身に騙されると大変ですよ。」
「やれやれ、しかしひどい一日だな。君は事件を起こしたというし、帰りは暴漢に出会うし…不運ってのは、幸運と違って、友達を引き連れて歩いてくるもんだな。」
「…多分、不運では無いと思います。」
「関連性があると?…一体カミュは何をしたんだ?」
「しつけの悪いケダモノ一匹、奈落に落としただけです。」
「…ケダモノ?」
「………」
「………」
「…今朝、私の友人が列車に飛び込み自殺をはかりました。」
「!」
「旧式設備しかなかったその駅では、飛び込み自殺用の防止装置も存在せず…彼女は列車に…」
「………」
「私は止めたんです…彼と付き合うのは危険だと…。」
「…付き合い?」
「彼女は、ある方と付き合っていました。その方は…私の目にはとても誠実的な人物とは見えず…再三…注意を足してきたのですが…」
「惚れてしまって、どうしようもなくなった…か。」
「彼女は大事なものを次々とささげてしまいました。そして、もう後戻りの出来ないところまで進んでしまい…そして…」
「…妊娠したのか?」
「相手の方は認知どころか、一方的に彼女との付き合いを止めると言い張ったと…そして精神の均衡を失った彼女は…」
「ひどい話だな…」
「…弾劾しようと相手の方を探していたのは事実ですが、階段で、相手の方を見つけたのは偶然です。その時は、ことさら階段から突き落としてやろうと考えたわけではありませんでした。ですが、あのケダモノが彼女の死を嘲笑した瞬間、頭が真っ白になり…」
「…気がついたら、相手は階段の下でのびて…それで大騒ぎ…か。」
「………」
「…しかし、よく帰れたな?」
「…どういう意味ですか?」
「いや、カミュが突き落としたの分かっているなら、もう少し事情聴取が長くても…というか、引っ張られてもおかしくないんじゃ?」
「…ああ、それでしたら…多分、私が突き落とした…というより、相手が勝手に転げ落ちたと思った人が多かったからでしょう。」
「勝手に?」
「…相手のケダモノが、私の肩を叩こうとした瞬間に、その手をひねって腰を落としたんです。ですから、見る人によっては、私を突き飛ばそうとして逆に前のめりに倒れこんでいったと思ったでしょう。」
「はぁはぁ…なるほど。投げ飛ばした何て言うから、てっきり背負い投げでもしたのかと思ったよ。しかし、手首をひねって倒れこむもんなのか?」
「…もちろん、コツや流れなどもあります。知らない方が見ればよく分からないでしょうね。」
「…あれ?その言い方だと、もしかして自分から突き飛ばしたとは言わなかったのか?」
「もちろん。「私を突き飛ばそうとして勝手に落ちた」と言いました。あんなケダモノの為に警察の方々のご厄介になる気はありませんから。」
「そ、そうだね。…それで結局、その相手はどれくらいの怪我を負ったんだ?」
「…肋骨5本と、足の骨が一本…おまけに頭蓋骨陥没…程度で済んだみたいですね。」
「それは…結構重態だな。」
「…人の命を弄んだ事に比べれば…たいした傷とも思えませんが。」
「…そうだな。すると、さっき夜道で襲ってきた奴らは…」
「一日のうちに不運が重なったと考えるより、ケダモノの一味が仲間の復讐に来たと考えたほうが妥当な所でしょう。」
「…めんどうなことになりそうだな。」
「…自分で始めたことです。覚悟は出来ています。」
「これからは外に出るときは計画を立てて行う必要があるな。」
「…そうですね。」
「外に出るときは必ず俺と一緒にでる。いや、こうなったら学科も同じほうが良いな。常にカミュの側にいて暴漢から身を守るようにしないと。」
「………」
「…いっそ、しばらく俺の家で暮らすか?」
「…それだと、貴方に襲われるほうを心配しないといけませんね。」
「…俺に襲われるのは…嫌?」
「…嫌じゃないから困るんです(ボソ」
「え?今何て…」
「………」
「…カミュ?」
「…巻き込んでしまって…ごめんなさい。」
「いいさ。これで、あの台詞が 君に言えるから。」
「…なんですか?」
「…例え世界が敵に回っても、俺は君を守ってやりたい。」
「…安っぽい台詞ですね。」
「そ、そう?」
「そういう台詞は、有言実行してこそ意味があり、深みがあると思いますが?」
「…ああ。守るよ、君を。」
「…(ドキ!)」
「ん?どうした?」
「…な、何でもありません。ちょっとドキドキしただけです。」
「ふ〜ん。「世界を敵に回しても〜」って台詞は効果が遅いもんなんだな。」
「…そっちじゃありません…ばか。」
「ともかく、相手が実力行使に出たのは置いておいて、裁判に訴えてきたらどうする?」
「…もちろん戦います。友人のためにも…徹底的に。」
「友達想いなんだな…」
「…違うんです。これは、彼女に対する贖罪なんです。」
「…どういうことだ?」
「私は彼女の力になると約束しました…でも、全く何もしてあげられなかった…」
「でも、それは…」
「彼女は私の目の前で死んだんです!」
「!?」
「…私が少し目を離した隙に…彼女は列車に飛び込み…」
「………」
「バラバラになった彼女を…私はすくい上げることも出来なかった。血の海になったレールを見ながら私は…私は…」
「………」
「力になってあげるって言ったのに!
絶対何とかするって約束したのに!」
「…カミュ!」
「嘘ついて…嘘ばかり言って!
私は、私が憎い!私が許せない!
許せないんです!だから!…」
「…許すから!」
「…え?」
「俺が許すから…だから大丈夫、安心して…」
「でも私は…私を…」
「俺は許すよ…誰も君を許さなくても、君自身が…自分自身を許せなくても…俺は君を許すから…」
「…ああ」
「…許してあげるから、自分を傷つけないで…ね。痛いだろう?」
「…なんで?」
「…え?」
「なんで、そんなに優しいんですか?こんなにも私を受け入れて…包み込んでくれるんですか?良い人だとは知っていますけど…限度がありますよ?」
「…俺は、そんなに立派な人間じゃないよ…ただ知っているだけさ。」
「…知っている?」
「本当の悪意の存在を…生きる価値の無い人間を…」
「………」
「…本当に憎むべきものは、悪人は…何もしないで…やらないで…ただ、事態の悪化を見ていることしかできない…ヤツだ。」
「………」
「自分の大切なものを失うのが…今が一番幸せな時だと知りながら…破滅に対してなんら行動しないで…ただ、おろおろと右往左往して…破滅に至らしめる…分かっていたはずなのに…知っていたはずなのに…」
「…リッセル?」
「君は、立派に立ち向かったじゃないか。全力を尽くしたんだろう?結果はどうあれ、自分を卑下する必要は無いよ。」
「…私。」
「立派だよ。凄く立派だ。誰も君を非難できないし、させはしない。俺は…こんな素晴らしい人と一緒にいることを誇りに思う。そんな君に出会えて本当に良かったと思う。」
「………」
「俺は君の全てを肯定するよ。だから…自分を憎まないでくれ。」
「………」
「…カミュ?」
「…貴方は、どうしていつも…私の心を触るんですか?」
「…さわっちゃった?」
「…ずるいです。ずるいですよ。」
「………」
さわさわ
「…頭、撫でないでください。」
「撫でられるの…嫌い?」
「あまり好きではありません。子供扱いされているようで…」
「ごめん…でも、少しぐらいならいいよね?」
「…セクハラで訴えちゃいますよ。」
「…なら、今のうちにいっぱい撫でておかないと。」
「…もう、知りません。勝手にしてください。」
「…ああ。」
「………」
「………」
「………」
「…いい?」
「…え?」
「…キスしていい?」
「………」
「…駄目?」
「………」
「…返事をしないと、勝手にしちゃうぞ。」
「…恥ずかしいから」
「…え?」
「…恥ずかしいから、聞かないで下さい。」
「…ああ、ごめん。ごめんね。」
「………」
「…カミュ。」
「…はい?」
「…好きだよ。」
「………………………………
 …………………
 …………
 ……
 ……はい。」

「…こうして私たちは初めてキスをした。まだ傷が治っていなかったんだろう。ほんのすこし血の味がして…なんとなく二人の未来を予兆しているような感じだった。」
「ふぅわ〜しちゃったんだね。ママとパパぁ〜らぶらぶぅ〜」
「…なるほど、やっぱりママさんのファーストキスの話は嘘だったか。やたらスラスラ話すからおかしいと思った!」
「キスの話は事件の話も交えなければ駄目ですしね。ママは事件そのものも隠したかった…というか言い難かったみたいですし…」
「そぉ〜。気位が高いママさんだから、単にラブラブでほにゃ〜って、なっちゃた姿をしゃべりたく無かっただけじゃないの?」
「あは、そうかも。」
「カミュには、カミュの考えがあるからね…というか、黙っていたんなら話して良かったのかな?後で怒られそうで怖い…」
「パパ、がんば!でも、面白かったよ。なんかパパ、妙に格好良かったし。」
「…本当、婦女暴行監禁犯の分際で…なに良い男になってんの?」
「馬鹿だなぁ。性根の良さに感服しているいからこそ、ああいうことされちゃってもママは許せるんじゃないか。」
「そういう考え方もあんのか…」
「ママは人を見る目があるからね。」
「本当だよね!ママもパパも私も、そして妹たちも、みんな最高だもん!」
「…何?この強烈な愛情家族?」
「家族の絆!」
「やべ、本気で殴りてぇ。」
「あはは。それより、そのケダモノと暴漢との戦いはどうなったのパパ?」
「ん?ああ、アレね。結論から言うと、その後は何とも無かったよ。」
「え〜殴り合いの死闘とか無かったの?」
「私はリキ入れていたんだけどね。カミュが「ケダモノ」と読んでいたヤツは退院すると、さっさと別の大学へ移ってそれで終わりさ。つるんでいた奴らも 一緒にうつるか、退学するかして、いつのまにか居なくなっていたしね。」
「ん〜どうして、すんなり終わったのかな?」
「…やはり、付き合っていた彼女を自殺に追い込んだことが噂となって周囲に広がったから、居ずらくなったんだろう。」
「世間体を気にして、向こうはウヤムヤにしたってこと?」
「そうだと思うよ、実際は分からないけどね。まぁともかく、その後、口封じのお金が、私や、カミュの元へと送られてきてね…」
「汚い奴ら!当然、お金は叩き返したんだよね!」
「いや、全額ふところに入れた。」
「…サイテー」
「な、なにそれ!?ママもパパも、そんな人だったの!」
「言っておくが、お金に罪は無い!」
「…うっ。なに、この意味不明な説得力?」
「でも、でも、パパはともかくママまでなんて…」
「…ママは…カミュは、当然怒り狂って返そうとしたさ。そして、そのお金の処理するとき、私は「任せて欲しい 」と言ってねぇ〜」
「ネコババしたの!?」
「パパ!サイテーにもほどがあるよ!」
「そうか。でも、これもママを、彼女を守るためにしたことだからね。非難されても痛くもなんともないよ。」
「どういうこと?」
「相手が金で済まそうとしているのに、それを叩き返したら、今度こそ本格的な戦いになるだろう?そうなれば大なり小なり、傷つくことになる…精神的にも、あるいは肉体的にもね。」
「でも、そんな!ママだって許さなかったでしょ!」
「もちろん、怒ったね…彼女は徹底抗戦を決めていたから…この時ばかりは、罵倒されたし、平手打ちもくらった。別れるとも言われたよ。」
「それを耐えたの?」
「彼女の身を守れるのなら、嫌われてもかまわない…と、その時は思ったからね。」
「…ママの気性分かっているのに…パパ、無理しすぎだよ。」
「でも、まぁ、しばらくしたらママも許してくれたし、結果オーライということで。ははは。」
「しかし、そんな事件を起こしたら、周囲のママさんを見る目も変わっていったでしょ?」
「う〜ん。前から彼女を知っている人たちは、それほど変わらなかったけど、知らない人たちは、変わったかな?」
「どんな風にかわったの?」
「彼女に手を出すと呪われてしまうという風聞がたってね。いつからか「カミュの呪い」というアダ名…というか現象みたいなものが噂で作られていったね。」
「なるほど。階段でママさんに手を出した男子が大怪我をしたのは、恐るべき呪いを使えるから…こういう噂が流れたんね。」
「ママが巫女だって言うのが歪められて伝わったわけだね。本当、無知って怖いですよねマリンさん。」
「でも、ママさんなら呪いの一つ二つ使えても不思議じゃなさそう…」
「コラ!何を言っているんですかアンタは!」

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